「娘と過ごす中で」 思いやりの心
私には6歳になる娘がいます。
幼稚園の年長さんで、10月に運動会がありました。
幼稚園の運動会の主役は、やはり年長さんで、参加する競技も多く、本格的にソーラン節を踊ったりもします。
年長さんは松組・竹組の2クラス構成で、うちの娘は松組なのですが、松竹対抗の競技が3つあり、まずはじめは綱引きでした。綱引きはいいところまでいったのですが、接戦の末、松組は負けてしまいました。
2つめは、親が子供を背負って、親子競技の騎馬戦です。5回戦あり、私は4回戦に娘を背負って出場しましたが、気づいたら4つの騎馬に囲まれて、残念ながら負けてしまい、結果、松組も4対1で敗れました。
最後の勝負は松竹対抗リレーです。ここまで松組2連敗なので、なんとか勝ちたいところだったのですが、途中バトンを落としてしまい、アンカーの子にバトンが渡った時には、半周以上の差がついて、松組は結局負けてしまいました。
松組がゴールした時、アンカーの女の子は担任の先生に抱きついて泣き出し、それを見た他の松組の子たちも担任の先生もみんなで涙を流していました。うちの娘も本当に悔しそうに泣いて、「悔しくて涙が出たのは、頑張った証拠だよ。」そう言いながら私もウルッときてしまいました。
私が幼稚園のときの運動会の記憶なんて、ほとんど残っていませんが、娘の運動会を見て、こんなに白熱するものなのかと驚かされました。結果は見事な3連敗でしたが、松組の子供たちが泣いている姿に成長を感じた親御さんは多かったようです。
この6年間の子育ては、驚きや発見の連続でした。
『子は親を育てる』と申しますが、娘と過ごす日々の中で、私自身も学んだり、考えさせられたりしているのです。
よく信仰する心構えについて、火が燃え盛るような信仰ではなく、水が川をゆっくりと流れていくような信仰が良いと言われますが、子育ても同じだと思います。以前は勢いで何でも突き進んで頑張っていくことがいいと思っていましたが、そうではないんですね。一日一日と成長する我が子に、変わらない愛情を注ぎながら、親も一緒に育っていく。一定の信仰を持って、日々、手を合わせ、お題目を唱え、仏の心が育っていく。子供を育てていくことも、信心を養っていくことも、水がゆっくりと流れるように穏やかで安らかな気持ちが、心の宝を生みます。そして何よりそれを継続していくことが、難しいけれど一番大事だと最近気づきました。
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