
お問い合わせなど
- 【所在地】
- 〒108-0073 港区三田4-1-9
- 【電話】
- 03-3451-1960
沿革
元和の頃(1615~)の創立、開山日琢。
はじめ飯倉に創立、御用地として召し上げられたので、延宝8年現在地に移転。以来安政の大地震に耐え、また大正12年の関東大震災にも、昭和20年の戦火にも焼失を免れるが、昭和46年、日蓮聖人生誕750年記念事業として寺観を一新。本堂の山号額に「賜紫池上60世日運」とある。
当時の毘沙門天は有名で多くの信仰を集めているが、その姿は甲胃に身をかため、舎利塔を捧げ、青鬼赤鬼を踏まえ宝鉾を突いた忿怒の相である。
また、渡辺綱大明神像については慶応義塾大学裏の坂を綱坂というが、この付近が渡辺綱の出生地で、いつの頃か当寺にこの像がまつられるようになった。
渡辺綱は源頼光の四天王(渡辺綱・坂田金時・卜部季武・碓井貞光)の一人で羅生門で鬼の腕をとり、また大江山で四天王ともども酒呑童子を退治した言い伝えは有名である。渡辺綱の額も寺宝として現存する。
山水画で有名な鏑木梅亭、鏑木梅渓の墓がある。
また『南総里見八犬伝』などの著者として知られる曲亭馬琴が、当時たびたび当寺に足を運んでいたと『馬琴日記』に記されている。
はじめ飯倉に創立、御用地として召し上げられたので、延宝8年現在地に移転。以来安政の大地震に耐え、また大正12年の関東大震災にも、昭和20年の戦火にも焼失を免れるが、昭和46年、日蓮聖人生誕750年記念事業として寺観を一新。本堂の山号額に「賜紫池上60世日運」とある。
当時の毘沙門天は有名で多くの信仰を集めているが、その姿は甲胃に身をかため、舎利塔を捧げ、青鬼赤鬼を踏まえ宝鉾を突いた忿怒の相である。
また、渡辺綱大明神像については慶応義塾大学裏の坂を綱坂というが、この付近が渡辺綱の出生地で、いつの頃か当寺にこの像がまつられるようになった。
渡辺綱は源頼光の四天王(渡辺綱・坂田金時・卜部季武・碓井貞光)の一人で羅生門で鬼の腕をとり、また大江山で四天王ともども酒呑童子を退治した言い伝えは有名である。渡辺綱の額も寺宝として現存する。
山水画で有名な鏑木梅亭、鏑木梅渓の墓がある。
また『南総里見八犬伝』などの著者として知られる曲亭馬琴が、当時たびたび当寺に足を運んでいたと『馬琴日記』に記されている。
定期行事
行事内容 | 日時 | 対象など |
---|---|---|
春季彼岸会 | 春分の日 | 檀信徒のみ |
盂蘭盆施餓鬼会 | 7月22日 | 檀信徒のみ |
秋季彼岸会 | 秋分の日 | 檀信徒のみ |
新春祈祷会 | 1月2日 | 檀信徒のみ |
紹介動画
寺院データ
供養内容 | 日時、お申し込みなど |
---|---|
塔婆供養 | 要問合せ |
水子供養 | 要問合せ |
永代供養 | 要問合せ |
ペット供養 | 要問合せ |
施設 | お申し込みなど |
---|---|
分譲墓地 | 要問合せ |
葬儀会館 | 既成仏教のみ |