
お問い合わせなど
- 【所在地】
- 〒140-0013 品川区南大井2-5-6
- 【電話】
- 03-3762-7267
沿革
慶安4年(1651)荏原郡大井村字一本松(鈴ケ森入口 に御仕置場(処刑場 が設けられ、そこに隣接して小さな堂宇が建立され、
これが当寺の創立と伝えられるが、その後二度の大水(台風)により廃るも、文久2年(1862)に大井村名主大野貫蔵を中心として再建される(今日では記録の明らかなこの年をもって創立とする)。
品川蓮長寺の管理下にあって、旭松庵(通称鈴ケ森鬼子母神堂)と呼ばれていたが、昭和17年、慈洽院日完上人を開山として寺号公称。
境内には、元禄11年、(1698)谷口法悦一族の建立に成る題目宝塔がある。
昭和29年(1954)鈴ケ森刑場遺跡が東京都の史跡に指定された。
境内には、処刑に使用された「磔台石」「火灸台石」「首洗いの井戸」、受刑者たちの供養塔の他に、天災や戦火で被害を受けた地元民や家畜の供養塔が、自然に集められるようになり、「馬頭観世音」「水難供養塔」「鯉塚」「無縁供養塔」「六十六部供養塔」などが立ち並び、地元の人たちにとってあらゆる死者を供養する神聖な場所になっている。
歌舞伎の「浮世柄比翼稲妻」「ご存知鈴ケ森の場」平井権八と幡随院長兵衛出合いの場で背景に四メートルにも垂れんとする題目宝塔は有名。
これが当寺の創立と伝えられるが、その後二度の大水(台風)により廃るも、文久2年(1862)に大井村名主大野貫蔵を中心として再建される(今日では記録の明らかなこの年をもって創立とする)。
品川蓮長寺の管理下にあって、旭松庵(通称鈴ケ森鬼子母神堂)と呼ばれていたが、昭和17年、慈洽院日完上人を開山として寺号公称。
境内には、元禄11年、(1698)谷口法悦一族の建立に成る題目宝塔がある。
昭和29年(1954)鈴ケ森刑場遺跡が東京都の史跡に指定された。
境内には、処刑に使用された「磔台石」「火灸台石」「首洗いの井戸」、受刑者たちの供養塔の他に、天災や戦火で被害を受けた地元民や家畜の供養塔が、自然に集められるようになり、「馬頭観世音」「水難供養塔」「鯉塚」「無縁供養塔」「六十六部供養塔」などが立ち並び、地元の人たちにとってあらゆる死者を供養する神聖な場所になっている。
歌舞伎の「浮世柄比翼稲妻」「ご存知鈴ケ森の場」平井権八と幡随院長兵衛出合いの場で背景に四メートルにも垂れんとする題目宝塔は有名。
信行会・行事
- 10月22日のお会式は池上本門寺に次ぐ、にぎわいである。
- 2ヶ月に1度、第一日曜の午後3時より「月例法話」を行っている。
- 盂蘭盆会:7月の日曜、施餓鬼会:5月12日
定期行事
行事内容 | 日時 | 対象など |
---|---|---|
春季彼岸会 | 春彼岸中日の日曜 | 檀信徒以外も可 |
盂蘭盆施餓鬼会 | イベントの項参照 | 檀信徒以外も可 |
秋季彼岸会 | 秋彼岸中日の日曜 | 檀信徒以外も可 |
宗祖御報恩会式 | 10月22日 | 檀信徒以外も可 |
節分会 | 2月第一土曜または日曜 | 檀信徒以外も可 |
紹介動画
寺院データ
供養内容 | 日時、お申し込みなど |
---|---|
塔婆供養 | 要問合せ |
水子供養 | 要問合せ |
永代供養 | 要問合せ |
供養内容 | 日時、お申し込みなど |
---|---|
交通安全 | 要問合せ |
地鎮祭 | 要問合せ |
家祈祷 | 要問合せ |
厄除け | 2月第一土日曜 |
施設 | お申し込みなど |
---|---|
分譲墓地 | 要問合せ(既成仏教徒) |
葬儀会館 | 要問合せ(既成仏教徒) |
永代供養塔 | 要問合せ(檀信徒以外も可、要相談) |
史跡、文化財など
- 当寺は江戸時代、三代将軍家光により設置された(1651)御仕置場(鈴が森刑場)正式名「一本松御仕置場」に隣接して建てられた小さな庵を起源とするも2度の台風で堂宇は消滅した為、1862年(文久2年)の再建をもって開山とする刑場受刑諸霊の供養を専らとし、150年間檀家を持つことなく今日に至っている寺である。(2年前初めて霊園墓地を開設し、一般檀徒を受け入れるようになった)
- 境内に聳える題目供養塔(高さ3メートル、幅1メートル)の下に台座(高さ1メートル、幅1.8メートル)の堂々と力強い筆致で現されたお題目は日本一と言っても過言ではない。(元禄11年建立)
- また、歌舞伎「浮世柄比翼稲妻」に登場する題目供養塔がこれである。