
- 【住職名】
- 47世 田中俊雄
- 【旧本寺名】
- 池上本門寺
- 【旧寺格】
- 緋 池上・中延法縁 住職は池 上・芳師法縁
- 【本尊勧請様式】
- 曼荼羅
- 【祖像】
- 説法像(文禄2年=1593・日惺開眼・区 文化財)
- 【仏像】
- 開山日惺腰縣像
- 【寺宝】
- 紺紙金泥法華経(揺林院・芳心院寄進、本門寺19世僧那院日豊上人開眼) 紺紙金泥三幅対本尊(遠沾院日亭署名) 吉宗(頼方)公経本 朗惺寺11代日法上人・両山19世日豊上人曼荼羅 駿州日伸上人曼荼羅 紀州姫の法華経一部八巻書写(区文化財に当るが登録はしていない)
お問い合わせなど
- 【所在地】
- 〒142-0062 品川区小山3-21-6
- 【電話】
- 03-3781-2876
沿革
天正2年(1574)の創立。開山池上12世仏乗院日惺。
徳川家康は江戸入府後、日惺に宿地として八丁堀の地を与えたので2世日船は日惺を開山とし興栄山朗清寺と称した。
明暦3年焼失後芝二本榎に移転、朗惺寺と改めた。
池上本門寺末頭・触頭として承教寺と共に江戸役寺を勤め、塔頭四坊あったが衰頽した。
明治43年、43世日斉の代に現在地に移転。
昭和20年戦災により全焼、28年耐火建築の現本堂を再建。
18世守玄院日顗は池上本門寺25世へ。
40世慈量院日静は池上准歴・鎌倉妙本寺加歴へ。
42世謙光院日慎は池上74世へ。
境内に世界平和を祈願し第45世日豊上人発願による、満州第十三次興安東京荏原郷開拓団殉難者老若男女八百余名の慰霊碑が建立されている。
徳川家康は江戸入府後、日惺に宿地として八丁堀の地を与えたので2世日船は日惺を開山とし興栄山朗清寺と称した。
明暦3年焼失後芝二本榎に移転、朗惺寺と改めた。
池上本門寺末頭・触頭として承教寺と共に江戸役寺を勤め、塔頭四坊あったが衰頽した。
明治43年、43世日斉の代に現在地に移転。
昭和20年戦災により全焼、28年耐火建築の現本堂を再建。
18世守玄院日顗は池上本門寺25世へ。
40世慈量院日静は池上准歴・鎌倉妙本寺加歴へ。
42世謙光院日慎は池上74世へ。
境内に世界平和を祈願し第45世日豊上人発願による、満州第十三次興安東京荏原郷開拓団殉難者老若男女八百余名の慰霊碑が建立されている。